泣き虫といわないで。



 青い瞳には涙が浮かび、じっと真剣な表情でテレビを見つめていた。
 横から見ていて、零れ落ちないのが不思議だったその涙は、堪えきれなくなって、とうとうぽろりと零れ落ちる。
 だが、それはすぐさま指で拭かれ、まだまだ青い瞳は真剣にテレビを見つめている。
 その横でカオルは少し呆れた表情をしていた。
「好きだな、あの手の番組」
 カオルは番組が終わってから、ルナに声をかけた。
 番組の途中ではなく、きちんと終わった後で声をかけるあたり、ルナの気分を害さないようにとの配慮なのだろう。
「……んー。そうね」
 ここで好きじゃないと言っても絶対に信用してもらえないのはルナにも分かるので素直に頷いた。
「カオルはぁ……。あんまり好きじゃないよね?」
 いつもこの手のお涙頂戴物の話を好んで見るのはルナとチャコで、カオルは何も言わずにただ付き合ってくれているが、好きというわけではないだろう。
「好きでもないが、嫌いでもないぞ?」
「ふふ。別にいいわよ。あわせなくても」
「あわせているわけではないがな」
 ルナの言葉にカオルはそう返し、オレンジ色の髪を取り撫でる。
「……うそつき」
 柔らかく微笑みながらルナは言う。
「嘘じゃないさ」
 カオルも穏やかな表情を見せながら答える。
「ただ、ほんと、泣き虫だなっとは思うが」
 よくも毎回あれだけ泣けるなとむしろ関心してしまうぐらいだ。
 とカオルが思っていると、ルナが少し唇を尖らせる。
「泣き虫じゃないわよ。もぉ、変な事言わないでよ」
 少し怒ったような表情を作って見せて、どことなくすねた様に言ってカオルを見るが、カオルは呆れた表情をしていた。
「ルナ、お前まさか、『泣き虫じゃない』とでもいうか?」
「な、なんでそんな呆れた顔してるのよぉ」
「なんでと言われても」
 心外だと言いたそうなルナにカオルは本気で呆れてくる。
「毎回、毎回、ドラマやこの手の番組で泣いているだろう?」
「そんな事ないでしょ?」
 とルナは返すが、カオルはじっとルナを見る。
「昨日、連続ドラマの最終回見てて、泣いていたな?」
 ぎくりっとルナの体が硬直する。
「先週はサスペンスの犯人の独白でも泣いていたな? その前だと、やっぱりドラマで主人公二人のすれ違いに、同情して泣いてたな?」
 ぎくぎくっとルナの顔が逃げ、その様子にカオルがほんの少し意地悪そうな表情をして、逃げていくルナの顔に近づく。
「他にも芸能人の過去の話とか、そういうのでも泣いていたな?」
 すぐ側で聞こえてくる声。
 ルナにもありありと最近見た番組が思い浮かぶ。
「えっとぉ〜」
「ん?」
 反らされた顔に、目の前にあるルナの耳たぶを、ピアスには触れないように弄りながらカオルは尋ねる。
「俺は、ここ一ヶ月だけでも、お前の泣き顔を20回以上見ている気がするが?」
「そ、そんなことないわよぉ!」
 カオルの言葉にルナは顔を向けて左右に頭を振る。
「……ちょっと前に、チャコと二人で映画を大量に借りて見て、泣きまくってたじゃないか」
「あ!」
 カオルの言葉にルナは思い出す。
「で? 泣き虫じゃないのか? ルナ」
「うー……」
 カオルの言葉にルナは唸る。
 泣き虫。と言われるのはなんとなく嫌だった。
 なんとなく。ではなく、絶対に。だ。
「そんな事ないわよ」
「そんなことあるだろうが……」
 呆れた顔と声。
「そんなことない!」
 ムキになって言ってくるルナにカオルは呆れる。
 素直に認めればいいのに、と。
「あのな……俺が覚えている限りの、お前が見て泣いたテレビ番組あげるか?」
「どおぞ」
 ため息混じりに言われた言葉に、ルナはえっへんと威張って言ったが、ルナはそれを少し後悔する。
 カオルの記憶力は半端ではなく。
 それこそ、真剣に見ていたルナですら話しの内容がおぼろげなものや、忘れ去ったものまであげてくる。
「その日の夜にあるサスペンスものにも、被害者家族の涙に釣られて泣いてただろ? それから」
「わぁーわぁー、もぉいいぃ〜!」
 ルナは耳を両手で押さえて頭を左右に振る。
 その様子にカオルは笑いながら、ルナの髪を弄る。
「別に泣き虫と言われるぐらいいいだろうに」
「あんまり良くない」
 ルナはいじけた表情を見せて、目を伏せた。
「そうか」
 他になんと言えばいいか分からないカオルはやはり、呆れたように同意して、もうあまり言わないことにしようと思った。
「……あーあ。あんまりもう見れないなぁ」
「何故?」
「だって、そんな風に言われるなら、泣き虫って思われるなら、見るわけには行かないじゃない?」
「別に構わないだろう?」
「よくない! 泣き虫って言われるの嫌いなの。泣かないって、お父さんが死んだ時に決めたんだから」
 ルナはそう言って視線を下げた。
 母が亡くなって、父も亡くなって。チャコと二人っきりになって。
 泣いているわけにはいかなくて、それまでの泣き虫だった自分を封印した。
 でも……。
 負けない。と前を向いて歩いていても、それでも泣きたい時はやっぱりあった。
「……唯一、泣きたい時に泣ける方法だったんだけど……、こんな風に言われるんじゃ駄目ね」
 そう呟いて、ルナはため息をついて足元を見た。
 だが、ルナの言葉にどこか違和感を感じたカオルは眉を寄せて、俯くルナを見た。
「ちょっと待て」
「何?」
「唯一、泣きたい時に泣ける方法?」
 カオルの聞き返しにルナは不思議そうな表情を見せた。カオルは真剣な表情で自分を見てて、ルナは戸惑う。
「どういう意味だ?」
「え? ああ。チャコと二人で約束してたの。人前で泣かないって。私、小さい頃にはもう、両親がいないわけじゃない? だから泣いてばかりにはいかないって、『可哀想な子』にもなりたくなかったから。だからチャコと絶対に人前では、ううん、それこそチャコの前でも泣いちゃダメって約束して」
 幼かった頃の事を思い出し、ルナはどこか自嘲気味に笑った。
「でもね。テレビとかを見ての涙は、いいよね。って……。人前でも泣いてもいいよねって、暗黙の了解みたいな感じになって……。二人で泣きたい時、いつも切ないラブストーリー物とかを借りて来て、泣いてた。辛い現実で泣いてるんじゃなくて、私達は、このドラマを見て、泣いてるんだーって。ふふ、馬鹿みたいでしょ?」
 恥ずかしい過去をばらすようにルナは言った。
 だがカオルの眉間にさらにしわが寄り、カオルがルナの腕を掴む。
「ルナ? それは、最近もあった話しか?」
「え?」
 自分を捕まえる手に、真剣な表情にルナは戸惑う。
「少し前に、チャコと一緒に映画を借りてきたな? あれは、一緒に泣きたい理由があったからか?」
「え!?」
 カオルの言葉にルナは驚く。
「ルナ?」
 真剣に見つめてくるカオルにルナは反射的に頭を横に振った。
「ち、違うわ!」
「……本当に?」
「本当よ!」
 尋ね返されてルナは、頷く。
 カオルはじっとルナを見つめて、ルナは困った顔でカオルを見ていた。
「本当……よ?」
「……」
 無言で見つめてくるカオルにルナは戸惑う。
「勘違いさせたみたいだけど、違うよ?」
 ルナは何度も何度も頭を振った。
 それこそ、勘違いさせた事に不安で泣きそうな表情にも見えたが、その瞳に涙が浮かぶ事はない。 カオルは視線を下げ、ルナの腕から手を離す。
「カオル?」
 不安げに見つめてくるルナに、カオルは小さく微笑み、口付ける。
「ルナ。一人で泣きたい時は一人で泣いても構わない。でも、本当に泣きたい時、できるなら、そんな方法で泣かないでくれ」
 抱き寄せて、カオルは目を閉じて祈るように言葉を続ける。
「お前の家族となって、まだそんなに日は経っていないが、でも、俺もお前の家族だ。出来るなら、何からもお前を守りたい。俺に相談できない事もあるかもしれない。でも、俺に相談できることはなんでも相談してくれ」
「カオル……」
「泣きたい時は、我慢せずに、ここで泣けばいい」
 抱きしめる腕に力を込める。
「……うん」
 ルナも目を閉じてカオルの背中に腕を回し抱きしめる。
「……ありがとう」
 そうお礼を述べてキスをねだるように頬を寄せる。
「泣きたい時は胸、貸してね」
「ああ。いつでもどうぞ」
 そう答えてルナのおねだりに応える。
 キスをしてもらってルナは微笑み、カオルに体を預ける。
「あのね、話は戻るんだけど」
「ん?」
「だから、泣き虫って言われるの嫌いなんだよね」
「……わかった。言わないようにする」
 カオルの言葉にルナは小さく、嬉しそうに笑う。

 本当はね、私、小さい頃はとっても泣き虫だったんだよ。
 だから、本当は涙腺弱いんだよ。
 でも、がむしゃらに頑張ってきたんだ。
 そんな事忘れるぐらい。
 その間は『泣き虫のルナ』じゃなくなって、たぶん、同じようにテレビを見ても、泣いたテレビは今の半分以下だったと思う。
 でもね、今、こんな風にまた『泣き虫』なんて言われるのは、カオルが居てくれるからだよ。
 だって。
「あのね」
 ルナの呼びかけにカオルは視線を向けるがルナはもたれて、ぼんやりとどこか見ていて、カオルとは目を会わせない。
「いくら泣けるって言われてる映画でも、ドラマでも、私、他人の前じゃ泣けなかったのよ?」
 ルナはそれ以上は言わず、カオルを見上げた。
「……そうか」
 ルナの言葉にカオルは微笑み、髪に顔を埋めるようにキスをする。
「ありがとう」
 カオルからのお礼の言葉にルナは言いたい事が伝わってる気がして微笑む。
「今度はカオルも一緒に隣で泣いてくれる?」
「……難しい注文だな」
「あ、やっぱり?」
 カオルの渋い顔での答えに、ルナは笑う。
「泣けてあげられると、良かったんだがな」
「ふふふ。その言葉だけで十分だわ」
 ルナはそう言って目を閉じた。
 自分の髪や頭を撫でる手に、気持ちよさそうに目を閉じた。

 隣にいる存在が、大切な家族だから、私は泣く事ができるの。





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 後書き。
   という名の言い訳を始めましょうか。

 でも、きっとこの後ルナさんは少し、この手の番組を見るのを控えるでしょう。

 という、後日談は後にして。

 えー、第2回の人気投票にご協力頂いた、蒼林檎さんのお題で、「攻めが強いカオルにたじたじ〜のルナ」(からかうカオルにからかわれるルナ)
 なのですが……。
 あまりからかわれてない……。
 あれ? おかしい……。
 おかしいぞ??
 としたのですが、他にからかわれる理由があまり浮かばず、こんなどこか切ない系? にしたのですが……。
 むー。
 おっかしーなー。
 …………………。
 二人じゃなかったら、浮かぶかも……。
 たとえば。


「お母さんって、ほんっと、泣き虫だよね」
 ユタカの言葉にルナは驚く。
「えー? そんな事ないわよ?」
「いや、そんな事をあるだろ……」
 ルナの言葉にカオルが呆れながら声をかける。
「そんな事有りません! だいたいどこを見て、そんな事を言うかな?」
『常日頃を見ていれば』
 と二人同時に答えられ、ルナは驚く。
「な、何もハモらなくてもいいじゃない?」
「そうだね、同じ言葉でハモるとは思わなかったけど、でも母さん、ほんっと、毎日見てたらそう思うよ?」
「だいたい、今もテレビを見て泣いていたのに、よく『そんな事ない』なんて言えたな」
 コーヒーを飲みながらカオルはルナに言って、ユタカもうんうん頷く。
「それに昨日女子三人で、ラブストーリーの映画見て、号泣してたって聞いたよ?」
「そうなのか? フウカはルナ似だな」
 ユタカの言葉にカオルはそう返し、ユタカはしみじみと頷く。
「やだ、誰が言ったのよ、それ」
「姉さん」
「もぉー。フウカったら!」
「まぁまぁ、そんなに怒らないでよ。いいじゃない、泣き虫だって」
「良くないわよ! しかも息子に言われるなんて!」
「じゃあ、俺が言うか? ルナは泣き虫だな。っと」
 ルナの言葉にカオルが即座に返し、ルナはカオルに顔を向ける。
「泣き虫じゃ有りません!!」
「母さん、諦めようよ」
「ルナ、諦めろ。お前は十分泣き虫だ」
「もぉーーー!! 二人ともぉ〜!!」



 みたいな感じで、ひたすら言われるような。そして、「くぅー!! 違うんだってばぁ!!」と悔し泣きしそうな雰囲気が思い浮かぶのですが……。
 (それに、ユタカとカオルはマジで焦るわけですが)
 おやー。これはお題に沿っているのだろうか?
 と、思うのですが。
 ……ま、いっかぁ! と、諦めてます。(いいんかい!)
 や、ほら、ねぇ。きっとお題ってこんな感じよ!
 みたいな。
 こんな話ですが、蒼林檎さん、よければもらってくださいな〜。




お題を指定したとはいえ、この様なものがかえってくるなんて・・・!!1
ルナがかわいらしくて仕方がありませんでした////
それなのに何もしてないのにもう一作までもら・・・ゴホンッ!
夏木さん、どうもありがとうございました^^